タクシーの運転手

今日も今日とて
深夜タクシーで帰った。


タクシーの運転手と話をするのが
好きだ。
というよりも、
一期一会が好きなんだろう。
というよりも、
後腐れない感じが
好きなんだろう。


もう二度と会わないだろう人と交わす会話を
だいたい楽しむ、
深夜の、つい本音がこぼれるような
落ち着いた空気もいい。


普段しないような話が
こぼれてしまうのがいい。


今日の運転手は
お硬めの、紳士のような人だった。
学校の先生のような、
背筋がピシッとなるような、
普通の会話なのに
説教するような声の具合だとか。


外回りの営業さんだったそうですが。


東京には88本の通りがあることを教えてくれた。
青山通り、井の頭通り、鎌倉通り、白山通り、本郷通り・・・


「私は言問通りが好きです。
 東京の地名は
 昔の趣ある名前が生きていていいですね。


 最近は、
 新しい駅や合併なんかで新しい街ができると、
 カタカナが入っていたり、
 どこにでもあるような陳腐な名前をつけたり、
 昔からの風情ある名前を捨てたりと
 厭になりますね」


「本当に。そうですよ。
 マンションなんかもね、
 海外の真似して変な名前つけてね、
 寿荘、とかでいいと思うんだけどね
 本当に」


広い世の中、深夜のひととき。
誰かとほんの少し何かを共感する瞬間は
とてもやさしい。


世の中に、
自分と似ていると人がいる
という安心感。


踏み込まないから
ほどける心配もない、


もう二度と会わないだろう誰かと、
ぽつりと生まれる小さな結び目。